お産、政治、女性たちの声

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*世界の聖地のひとつとも言われるグラストンベリーに古くから伝わる聖なる泉、チャリスウェルを訪れました。見事な庭園で一日のんびりするもよし、フラワーエッセンスのワークショップに参加したり、本屋でお気に入りの本を探すもよし。私たちのお気に入りのスポットとなりました。

英国からの独立を問う住民投票。
結果は賛成45%、反対55%で、スコットランド独立は否決されました。

 

現在はロンドンに、そして以前はスコットランドに4年間ほど住んでいた者としては、正直、ちょっぴり残念な気持ちもあります。

 

もちろん、これまでのようにUK内に留まれば利点も多いでしょうし、国際社会に(大国UKとして)与える影響力も大きいとは思います。

 

現実的に考えてみても、通貨や今後の医療システムについてなど白紙の部分が多く、先行き不透明な独立案でしたから、まわりからみたら夢物語にしか見えなかったかもしれません。

 

今回の選挙戦を当初は静観しようとしていた(先のメルマガにも書いた通り、どちらでもいいのでは?むしろ独立などしないほうがよいのでは?と冷静だった)私が揺さぶられたのには、大きな理由があります。

 

スコットランドの助産師、ドゥーラ、母親の一部が立ち上がり、独立を求めて動いたことです。

 

「子産み子育ては文化そのものの!」彼女たちはくりかえしました。今のNHS(日本の国民健康保健のようなもの)のあり方のままでは、女性が自分の持てる力を使いきることのできるお産は存在しえないと彼女たちは絶望視しているのです。

 

しばらく前に法が書き換えられ、現在、開業助産師は高額な医療保険に加入していなければお産をとれないという危機的な状況に追い込まれているイギリス。

 

長年地元で開業してきた方々が今、ことごとく廃業に追い込まれたり、NHSコミュニティーミッドワイフチームに組み込まれてきています。

 

30年も地元で根を張って頑張ってきた開業の方々が、今、医療システムの激変に伴い悲鳴をあげるのを見るのは辛いです。

 

「20年、自分なりの理想を求めて助産師をやってきたのに、まさか今更こんなことをさせられるとは。。。」とこぼしたり、「なんとか今年はもちそうだけど、来年は私も病院勤務かな」と暗澹たる未来を憂える方もいます。

そういう背景があっての今回の選挙。スコットランド独立をめぐる問いは、彼女たちにとって、いえ、産む性である女の人にとって、とてもコアな部分を直撃するような問いかけだったのです。

*余談ですが、億万長者のアッシュクロフト卿は、頻繁に世論調査http://lordashcroftpolls.com/2014/09/scotland-voted/を行っており、今回の選挙結果についても、年代別投票結果を公表しています。サイトの管理人である菊川智文さんのお作りになった世論調査の結果を参考にさせて頂くと、 2千人余のうち、25-34歳の年代層の女性の独立賛成率は他の世代、性別と比較して、59パーセントと最も高く、ほぼ6割になっていますhttp://kikugawa.co.uk/ リプロダクティブな活動に関心があると思われる25-34歳の女性たちが最も多く独立を希望している。。。やっぱりなぁ、と思わずにいられません。

‘自分たちは何者なのか?’

‘一体どうして今のような枠組みに仕切られるようにならざるを得なかったのか?’

 

投票日数週間前から、私のもとにもそのような問いかけが個人メールやソーシャルメディアを通して届くようになりました。‘産み方に自由が認められるように、私たちは政治に関しても自主性、主導権をもつべきだ!’という女性たちの悲鳴のような声が連日、それこそ24時間ノンストップで飛び交ったのです。

 

‘自分たちの住む場所に関する政治は自分たちの手の届く範囲内でなされるべき。さもなければ自分たちのお産は取り戻せない!’、

 

‘自律性とは結局なんなのだろうか?’、

 

‘巨大な母船にあらかじめ乗せられていて、操作されたお産しか選べない中で、どうやってスコットランド人を育てていけるのか?’

 

そんな声の数々が耳元をかすめていくうちに、私は学生の頃に訪れたアリゾナとニューメキシコに点在する居留区にまるで‘幽閉’されたように住まわせられていると表現するに等しいズーニー族やナヴァホ族といったネイティブアメリカンの人々のことを思い出しました。

 

広大な国土のごくごく一部をリザベーションと名付け、おそまつなフェンスで囲い、そこに彼らを留め、実質的には居留区以外の土地では通用しにくい‘アメリカ人’を育てる。そこにはアルコールとドラッグが蔓延し、一方で、埋蔵されている希少な地下資源だけはことごとく母船であるアメリカ経済に吸い取られ、さらには採掘にともなう深刻な大気汚染や水質汚染といった環境汚染まで居留区内の人々が引き受けさせられている現実に似たものをスコットランド独立問題の背景にもうっすらと感じました。

 

次第に、スコットランドの女性たちが、マイノリティーとして不屈の精神で脚を踏ん張っているように私には感じられていったのです。だからこそ、今回の選挙結果にはなんとなく苦いような気持ちが今も私の中に残っています。

 

それでも、光を感じるようなこともあります。先日、遊びにきてくれたイギリス人ドゥーラの先輩であり、エジンバラに長年住む二コラさんがこんなことを言っていたのです。

 

「グラスゴーでは独立反対派が街に火を放ったりして恐ろしい光景が広がって、反対派と賛成派の間に大きな溝ができた。でも反面、‘みんなが政治に戻ってきた!’という実感があるの。だって、あんな投票日、私見たことなかった。身障者の人々は車椅子を押されて投票していたし、投票権を得たばかりのような若者も、赤ちゃんを抱いた母親も、おばあさんも杖をついて、みんな、ほんとうにエジンバラ中の人々がぜーんぶ集まったんじゃないかって思えるくらいに投票会場は人で埋め尽くされていたわ。

あぁ、あんなのは人生にそう何回も見られる光景じゃない。自分は今、歴史の一部になっているって感覚があった。みんなもきっとそうだったと思うんだ。そういう意味では、どっちに転んだとしても、人々が政治と‘リコネクション’できたのはよかったと思う。私はYes派だったから結果は残念だけど、次の世代が独立に向けて動いていってくれるはずだし、そのステップのひとつになれたんだから、爪痕を残せただけでも喜ばなきゃね」と。

 

私は彼女の目線やしぐさも含めて、慎重にえらびとった彼女の物言いから、独立への彼女の深い想いを感じました。

 

それでもなお、現実の中に光を見ようとする彼女のこころの動きに触れた時、なにかがほどけるような、ジーンと湧き上がってくるものがありました。

 

「起こることはすべて、きっと必要があって起きている。だから、無駄にはせずにそこから学びたい」

 

そんなニコラさんのような心の姿勢こそ、きっと新しい命を照らすことでしょう。ロウソクの芯のように、外側の姿は移り変わっても、ずっとどこか奥深い部分に存在し続けて、国の枠を越えて引き継がれていくに違いないと感じたのでした。

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