大学時代 

– 旅のはじまり –

さて、大学3年生になる頃、キャンパス内を歩いていると、ICYEが募集するボランティア留学のポスターが目にとびこんできました。「ふぅ~ん、こんな風に世界を垣間見ることもできるんだ!」。少し前に大学の研修旅行でイタリアに行き、その魅力の虜になっていた私は、もう一度海外に行けたら。。。という夢を持っていたので、さっそく書類を取り寄せて応募の準備に取り掛かりました。今思うと、なぜ、あのタイミングで国際部の掲示板の前で立ち止まったのか、あの時、どうしてすぐに行動に移すことができたのか、不思議です。頭で考えても分からない。ただ直観に従っていたのだと今になって思います。

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photo03幸い選考に通り、大学に休学届けを提出。イタリア国内の施設で働ける見通しが立ったので、大学院生の協力を仰ぎ、イタリア語の猛特訓を開始。数ヵ月後に派遣されたのはイタリアのボローニャでした。礼拝堂が併設された身障者施設には、自閉症、ダウン症、筋ジストロフィーなど、さまざまな症状の方々が入所していました。そこでの生活は、私の思い描いていた以上に働きがいのあるものでした。毎日が規則正しく、朝6時にはみんながそれぞれの仕事につきます。窓を開ける人、洗濯をはじめる人、猫にえさをあげる人、朝食の準備をする人、片付ける人、すべてが毎日寸分の狂いもないリズムで、まるで呼吸のように安定感のある流れのなかに進んでいくのです。そこに、私のような、日本語しか話せない人間がいきなり派遣されて来たのですから、受け入れる側も大変だったことでしょう。それでも、所長のシルビアさんは、根気強く、また愛情と思いやりをたっぷり注ぎながら私の面倒をみてくださいました。

日中はあまりに忙しくて立ち止まる余裕がなかったけれど、シルビアさんのお隣の寝室で、自閉症の少女とベッドを並べて眠っていると、窓から洩れてくる月の光を感じます。石畳に反響する足音、猫の高い鳴き声……そして、不意に「私は今ボローニャにいるんだ」と、とても不思議な、なんだか現実であって夢の世界にいるような、信じられない気持ちになったものです。そんなふうに、眠っている時間以外はどっぷりとイタリア語だけの世界に浸かっていたからでしょうか、半年もすると、面白いようにイタリア語が分かるようになってきました。コミュニケーションをとるのが楽しくて楽しくて仕方がありません。同時に、心にもゆとりが出てきて、いろいろなことを考える余裕が生まれてきました。

kaoru_momo_1私のなかで真っ先に浮かんだ疑問は、「入所しているこの少女たちは、(私からはとても幸せそうに見えるけれど)なぜこのような状況になったのだろうか。。。」ということでした。まだやっと20歳になったばかりですから、私は当時、自分を産んでくれた家族と一緒にいられるのが子供にとって一番安心できるはずだとばかり思っていたのです。ところが、定期的に施設の様子を見に訪れる家族の方々を知るうちに、自宅でチャレンジドの子供を育てるということは、精神的にも肉体的にも、家族にとって過酷な場合もあるという現実につきあたりました。シルビアさんに教えてもらったり、ボランティア仲間から話を聞いたりしてみると、遺伝が理由ではなく、妊娠~出産のプロセスで体験したトラブルが原因だと考えられるケースもあるという事実にも気づきました。自分が母親になることを想像もできない女子大生でしたが、私なりに「ふーん、お産って、思ってた以上に、実はとっても重要なんだなー」という認識を新たにしたのです。

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◆幼少期から大学入学まで - 私を形づくったもの-

◆大学時代 - 旅のはじまり –

◆ヨーロッパ線で世界の空へ - 世界を巡る旅へと –

◆結婚から出産 - ドゥーラとの出会い –

◆ドゥーラとして - しあわせな妊娠・出産のために –

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